ChromebookからGooglebookへ:OSの核にAIとAndroidを据えた意味——デファクトスタンダードの牙城に挑むGoogleの計算
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2026年9月、米国等の市場で先行予約が開始された「Googlebook」の報に触れたとき、ひとぅの胸をよぎったのは驚きよりも、「ついにGoogleがルビコン川を渡ったか」という静かな感慨でした。
思えば、かつて300ドル前後のプラスチック筐体でブラウザだけが動く「安価なサブ端末」として登場したChromebookは、教育現場を席巻しつつも、大人のビジネスユースにおいては常に「妥協の産物」として扱われてきました。しかし、今回Googleは自らその看板を下ろし、ベースモデルで899ドル(日本円にして13〜14万円台)という、Windows機やMacBook Airがひしめく激戦区へ真っ向から切り込んできました。
しかも、その中身は単なるスペックアップではありません。長年抱えてきた「ChromeOS」のアーキテクチャを根底から見直し、世界で最も普及している「Android」基盤へと統合。さらに、その中枢には「Gemini」というAIをOSの基本機能として深く組み込んでいます。
この劇的な舵切りは、PCという道具の主役が「ローカルの分厚いOS」から「AIと連携するスマホ・クラウド」へと完全にシフトしたという、Googleからの強烈なメッセージにほかなりません。
果たして、この新プラットフォームは、何十年もPC市場を支配してきた「Windowsデファクトスタンダード」という巨大な壁を越え、新しい秩序をもたらす勝ち筋となり得るのでしょうか。長年ガジェットやLinux、各種OSの変遷を追い続けてきた一人のユーザーとしての内省を交えながら、日本上陸を待つこの過渡期のいま、Googlebookが提示した問いと計算の筋道をじっくりと考察として記録しておきます。
1. リード:Chromebookの先へ——なぜGoogleは今「Googlebook」を打ち出したのか
2026年5月の開発者向けカンファレンス「Google I/O」においてその構想の全貌が明かされ、開発者やテック界隈を大いにざわつかせた「Googlebook」が、2026年9月21日、ついに市場へ姿を現しました。
これまでGoogleのノートPC戦略といえば、軽量なWebブラウザ環境を核とし、手軽なサブ機として地歩を固めてきたChromeOSが主役でした。起動の速さと管理の手軽さ、そして何より徹底した低価格を武器に、教育機関の現場では確固たる地位を築いてきました。
しかし、ひとたび一般のコンシューマー市場やビジネスの最前線に目を向ければ、Microsoft WindowsとApple macOSの強固な二強体制を前に、あくまで「安価なサブ端末」「ブラウザしか使えない割り切りの道具」という枠組みをどうしても抜け出せずにいたのもまた、偽らざる現実でした。
今回登場したGooglebookは、従来の延長線上にある「少し高機能になったChromebook」ではありません。OSの基盤そのものを長年培ってきたAndroidへと大幅に再編・統合し、さらにその中枢にGeminiを据えるという、プラットフォームレベルの構造転換を伴っています。
Google自身が過去十数年にわたって抱え込んできた「ChromeOSとAndroidの二重構造」という技術的・体験的な負債を一気に清算し、世界で最も普及しているモバイルOSの資産を、デスクトップコンピューティングの主戦場へ直接流し込む決断を下したのです。
安価なWeb端末という安全圏を自ら抜け出し、なぜGoogleは今、このようなリスクを冒してまで新しい看板を掲げたのでしょうか。それは、「スマートフォンの普及と生成AIの台頭によって、PCという道具の主客が完全に逆転した」というGoogleの強い危機感と現状認識の現れだと感じられます。
では、具体的にこの新プラットフォームは何を目指し、どのようなハードウェアとOS体験を引っさげて現れたのか。まずはその構造的な進化ポイントから順を追って見ていくことにしましょう。
2. Googlebookの正体——Android基盤とGemini Intelligenceがもたらす体験
ChromeOSとAndroidの二重構造から「完全統合」へ至った必然
従来のChromeOSを使い込んできたユーザーであれば、近年のシステムがいささか複雑な構造を抱え込んでいたことをご存じでしょう。Webブラウジングを行うChromeOSの軽量なLinux基盤の上に、Androidアプリを動かすための仮想化コンテナ(ARCVM)を載せ、さらに開発者向けにはDebianベースのLinuxコンテナ(Crostini)を共存させるという、いわば「入れ子」のような構造を維持してきました。
このアプローチは互換性を保つ上では合理的だったものの、リソース消費の増大や、Androidアプリ動作時の微妙なレンダリング遅延、クリップボードやファイルシステムの連携におけるぎこちなさを生む要因にもなっていました。
なにより、Google自身がスマートフォン向けに磨き上げてきた最新のAndroidフレームワークやUIコンポーネント、そしてオンデバイスAI機能が、PC側へシームレスに降りてこないという開発効率の壁が存在していたのです。二つのOSを別々に開発・保守し続けるコストは、年間数億台規模のスマートフォン市場を抱えるGoogleにとって、次第に無視できない足枷となっていました。
Googlebookが選択したのは、この二重構造の根本的な解消です。ChromeOSのWebエンジンとAndroidのシステムスタックを根本から統合し、最初から大画面・マルチウィンドウ・物理キーボード・トラックパッドを前提とした新世代のAndroid基盤へと一本化されました。
これにより、アプリの起動速度やメモリ効率が劇的に改善しただけでなく、モバイル向けに開発された数百万のアプリが、エミュレーションの違和感なくネイティブな速度と省電力性で動作する土台が完成したと言えます。
「スマホの延長」として動くPC:シームレスな同期とContinue On
このOS統合がユーザー体験にもたらす最大の恩恵は、スマートフォン(特にGoogle PixelシリーズをはじめとするAndroid端末)との物理的な距離感の消滅です。ひとぅ自身、これまで様々なデバイスを行き来してきましたが、モバイルとPCの間にある見えない断絶は、日々の作業において常に小さな摩擦となっていました。
これまでAppleがMacとiPhoneの間で実現してきた「エコシステムの心地よさ」——ユニバーサルクリップボード、AirDropによる即時ファイル共有、開いていたタブやメモの引き継ぎ——を、Googleはさらに一歩進んだ「同一OS基盤」という形で具現化してきました。
新機能「Continue On」では、手元のスマートフォンで閲覧していたアプリの状態、入力途中のメッセージ、あるいは作業中のドキュメントが、Googlebookを開いた瞬間にニアバイ連携によって画面上にそのまま展開されます。
BluetoothやWi-Fi Directを個別に意識することなく、スマートフォンの通知に対する返信はもちろん、スマホ側に届いた認証コードの自動入力、モバイルアプリのウィンドウをそのままドラッグしてPCのデスクトップに配置する一連の動作が、一切の引っかかりなく行われます。「PCを開いて作業をする」という意識よりも、「ポケットの中にある作業環境を、目の前の広い画面とキーボードに拡張する」という感覚に極めて近い仕上がりです。
OSの核にGeminiを据えた意味(Glowbarとオンデバイス/クラウド連携)
そして、Googlebookを単なる「画面の大きなAndroid」にとどまらせないための決定打が、OSレベルで統合された「Gemini Intelligence」です。
Googlebookの画面下部には、従来のタスクバーと融合する形で「Glowbar」と呼ばれるアンビエントなインターフェースが常駐しています。これは単にチャットAIを呼び出す小窓ではありません。現在開いている画面のコンテキスト(Webページ、作成中の資料、届いたメッセージ)をバックグラウンドで把握し、専用の音声入力キーやショートカット操作ひとつで文脈に応じた要約、下書きの提案、データ抽出を即座に行うシステムの中枢です。
日常的な文章校正や音声のリアルタイム文字起こし、写真のオブジェクト認識といった軽量な処理はローカルのオンデバイスAIが瞬時にミリ秒単位で処理し、複雑な推論や長文の資料横断検索にはクラウドの大規模モデルがバックグラウンドで協調動作します。AIが後付けのツールではなく、OSのファイル操作やウィンドウ管理と同列の基本機能として組み込まれている点に、Googleがこのデバイスを「新世代」と呼ぶ強い意志が感じられます。
3. 「899ドル〜」という価格設定の衝撃とリスク
2,000ドルを回避し、Windows・Macの主戦場へ合わせた計算
Googlebookの仕様とともに明らかになった価格設定は、ベースモデルで899ドル、上位構成で1,299ドル前後というレンジでした。
実のところ、2026年5月の構想発表で「高品質なアルミ筐体、高解像度OLED、45 TOPS以上のNPU、厳格なプレミアム規格」が予告された時点で、従来のChromebookのような価格帯にとどまることは不可能であり、大幅な値上げは避けられないと見ていました。ガジェット好きとして当時最も懸念していたのは、プレミアム化を急ぐあまり、かつてのPixel Chromebookのように「2,000ドル近い超高嶺の花」になって市場から浮いてしまうことでした。
その意味で、899〜1,299ドルという着地点は、Googleが極めて現実的な計算を働かせた結果だと言えます。これはまさに、M3/M4を搭載するMacBook Airのボリュームゾーンや、Snapdragon X Elite・Intel Core Ultraを積んだWindows Copilot+ PCの主力価格帯と寸分違わず重なるラインです。突飛な高価格で自滅するのを避け、競合のど真ん中に殴り込みをかける現実的なプライシングを選択したと言えます。
Chromebookのユーザー層を取りこぼす懸念と「併売」の実際
とはいえ、もう一方で強く懸念されるのが「これまでのChromebookを支えてきたユーザー層を取りこぼすのではないか」という点です。機能を絞り込んででも、教育現場やライトユーザーが気軽に手を伸ばせる400〜500ドルの選択肢を残すべきではないか、という疑問は当然湧いてきます。
この点についてGoogleは、既存のChromebookシリーズを即座にディスコン(販売終了)にするのではなく、今後も教育市場や低価格帯の一般向けとして「Chromebook」の販売と長期サポートを継続する方針を明らかにしています。
つまり、従来のChromebookをそのまま置き換えるのではなく、エントリー・教育向けは「Chromebook」、プレミアム・AI統合機は「Googlebook」という形でポートフォリオを二段構えにするアプローチです。
この棲み分けによって400ドルの文教市場を切り捨てるリスクは回避されたものの、ユーザー側から見れば「ChromebookとGooglebookでOS体験が枝分かれする」という新たな複雑さを抱えることにもなります。一般消費者が店頭で見たとき、この価格差とOSの違いを直感的に納得できるのかは、今後のプロモーションの大きな課題と言えるでしょう。
サードパーティ連合(Acer、ASUS、Dell、HP、Lenovo)とプレミアム路線の本気度
今回のGooglebookが過去の自社製リファレンス機と大きく異なるのは、Google一社の単独行進ではなく、主要なPCハードウェアベンダーを巻き込んだ巨大なエコシステムとして立ち上げられている点です。
Acer、ASUS、Dell(XPSブランドを含む)、HP、Lenovoといった、長年PCハードウェアの製造を支えてきたグローバルメーカーが一斉にGooglebook規格の製品を投入しています。
筐体には高精度なアルミ削り出しやマグネシウム合金が採用され、高解像度かつ広色域の有機ELディスプレイ、打鍵感に優れたバックライトキーボード、ハプティックガラスタッチパッドなど、ハードウェアの質感そのものは名実ともに1,000ドル級のフラッグシップ機と同等に引き上げられました。
Googleが定めた厳しいハードウェア基準(NPU性能、ディスプレイ品質、薄型軽量性、バッテリー駆動時間)をクリアした製品群のみが「Googlebook」の冠を許される仕組みとなっており、プラットフォームとしての信頼性を担保しようとする姿勢が伺えます。ハードの安っぽさを理由に選択肢から外されるリスクは、この連合軍体制によって周到に潰されていると言えるでしょう。
4. 最大の障壁:デファクトスタンダード「OfficeとWindowsソフト」の壁
「Officeがないと仕事にならない」という現実にどう向き合うか
しかし、どれほどハードウェアの質感が高まり、AIが賢く振る舞ったとしても、PCという道具である以上、避けて通れない冷厳な現実があります。それが、何十年にもわたってビジネス社会に根を張ってきた「Microsoft Office」および「Windows専用ソフトウェア」の存在です。
特に日本のビジネスシーンや教育機関、行政機関において、Microsoft 365(Excel、Word、PowerPoint)は単なる一アプリケーションの域を超え、社会的な情報伝達のプロトコルそのものとして機能しています。「PCを買う=Officeが十全に動くこと」という前提が強固に存在する市場において、Windowsネイティブのソフトウェアが動かない端末を899ドル以上で買う動機をどう作るのか。これはGooglebookが越えなければならない最大の関門です。
Googleが提示する3つのアプローチ
このデファクトスタンダードの壁に対し、Googleは力技でWindowsを真似るのではなく、利用シーンに応じた3段階のアプローチを用意することで実用性の確保を試みています。
- 1. Webファースト+Gemini協調(主戦場)
Microsoft 365 Web版やGoogle Workspaceを軸とし、Geminiによるデータ要約・フォーマット変換で実用性を底上げ - 2. Androidアプリ+Linux環境(補完策)
大画面に最適化されたAndroid版Officeアプリによるオフライン作業と、Linuxコンテナによる開発ツールの補完 - 3. クラウドPC/VDI連携(最終防衛ライン)
Windows 365やAzure Virtual Desktopを活用し、「必要な時だけクラウド経由でWindowsを使う」という運用
1. WebファーストとGeminiによる拡張
第一の、そして最も本質的なアプローチは「Webブラウザ上ですべてを完結させる」という思想の正統進化です。現在、Microsoft自身が注力しているMicrosoft 365のWeb版は、一般的なドキュメント作成やスプレッドシートの閲覧・編集であれば、デスクトップ版と遜色ないレベルまで機能が向上しています。
Googlebookでは、このWeb版の利用体験をGeminiが強力にサポートします。例えば、受信した複雑な書式のExcelファイルをブラウザで開きつつ、Glowbar経由で「この表の第3四半期の数値をグラフ化し、傾向を要約して」と指示すれば、ローカルアプリを介さずともクラウド側でデータを解析し、即座にアウトプットを生成します。アプリケーションの機能差を、ブラウザの外側にあるAIの推論力で埋め合わせるという設計思想です。
2. Android版OfficeアプリとLinuxコンテナ環境による実務補完
第二のアプローチは、オフライン作業や手軽な修正を担うAndroid版Officeアプリの標準活用です。Googlebookの大画面と物理キーボードに最適化された最新のモバイル版Officeは、ファイルの閲覧や軽微な加筆、レイアウトチェック程度であれば驚くほど軽快に動作します。
さらに、プログラミングや専門的なツールを必要とする技術者層に対しては、実績のあるLinux環境がシームレスに統合されています。VS CodeをはじめとするLinux向けの本格的なエディタや開発環境がローカルでそのまま動作するため、「Office以外の専門業務ツールが動かない」という不満に対する強力なセーフティネットとなっています。
3. クラウドPC/VDI(仮想デスクトップ)を前提とする割り切り
そして第三のアプローチが、どうしてもWindowsネイティブ環境が必要な場面に対する「クラウドPC(Windows 365等)やVDIの活用」という割り切りです。
クライアント端末側に重厚でメンテナンスコストのかかるWindows OSを抱え込むのではなく、ローカル端末はセキュアかつ堅牢なGooglebookとして運用し、レガシーな業務システムを動かすときだけブラウザ経由でクラウド上のWindowsデスクトップに接続する。近年のゼロトラストセキュリティを推進する企業において、このアプローチはむしろ管理コスト削減や情報漏洩防止の観点から前向きに評価されつつあります。
それでも残るマクロ(VBA)や専用業務ソフトの「絶対的な壁」
ただし、これら3つの解決策をもってしても、完全に払拭できない「絶対的な壁」が厳然として残ることも率直に認めなければなりません。
筆頭に挙げられるのが、長年社内で使い回されてきた複雑なExcelマクロ(VBA)や、Accessベースの社内ツール、そしてWindowsのWin32 APIに依存した専用の業務用クライアントソフトです。これらはWeb版Officeでは動作せず、Android版アプリでもエミュレーションできません。
「一部の機能が動かないかもしれない」という不安を抱えたまま、10万円を超える業務PCを導入することは、一般的な中小企業や個人のビジネス用途にとって極めて高いハードルです。Googleが提案するクラウド化やWeb化は、技術的な方向性としては極めて正しい未来像を描いているものの、レガシーな現場の足枷を今すぐ断ち切る特効薬にはなり得ないというジレンマは依然として色濃く残っています。
5. もうひとつのWindowsの牙城「PCゲーム」への回答
ローカルインストールに頼らない思想:Androidアプリとクラウドの二重構造
Windowsがコンシューマー市場で揺るぎないシェアを保ち続けているもうひとつの決定的な理由、それが「PCゲーミング」のエコシステムです。世界最大のゲームプラットフォームであるSteamを中心に、最新の3Dグラフィックスを駆使したPCゲームのほぼすべてがWindowsを基準に開発されています。
Macがどれほどプロセッサ性能を高めても崩せなかったこの牙城に対し、Googlebookは「重厚なゲームデータをローカルにダウンロードして動かす」という従来のPCゲーミングの常識そのものに疑義を投げかけています。その回答が、Androidネイティブのカジュアル・ミドルゲーム資産と、クラウドゲーミングサービスの二重構造です。
スマートフォン市場で成熟した膨大なAndroid向けタイトルは、Googlebookの大画面とキーボード、あるいは接続されたゲームコントローラーを用いて、追加コストなしにローカルで快適にプレイできます。スマートフォンの画面では窮屈だったシミュレーションゲームやタワーディフェンス、リズムゲームなどが、大画面の据え置き環境でそのまま動く体験は、モバイルゲームに慣れ親しんだ世代にとって非常に親しみやすいものです。
GeForce NOW等のストリーミングが描く「AAAゲーム」の現実味と課題
一方で、いわゆる「AAAタイトル」と呼ばれるグラフィック負荷の極めて高い大作アクションゲームやオープンワールドRPGに対しては、NVIDIAのGeForce NOWをはじめとするクラウドストリーミングサービスを標準的な利用形態として位置づけています。
最新のWi-Fi 7や高速な光回線環境下において、GeForce NOW経由でプレイするゲーム体験は、もはやローカルのハイエンドゲーミングPCと見分けがつかない水準に達しています。本体の発熱やファンの騒音に悩まされることもなく、数十GBに及ぶストレージ容量の消費や長時間のゲームパッチ適用を待つ必要もありません。
899ドルの薄型軽量なGooglebookが、画面の向こうにある最新GPU(RTX 4080クラス)のパワーを借りて、最高設定・高フレームレートでサイバーパンクや大作アクションを軽々と駆動させる光景は、ある種の未来を感じさせます。
ゲーミングPCを抱え込まない軽快さと、ネットワーク依存のジレンマ
しかし、このスマートな割り切りには、常に「ネットワーク接続への完全依存」という代償がつきまといます。
出張先のホテルの不安定なWi-Fiや、移動中のテザリング環境では、どれほど本体が高性能であってもストリーミングは破綻します。また、ミリ秒単位の入力を争う競技性の高いFPSや格闘ゲームにおいては、どれほど通信環境が整っていても物理的な通信遅延(レイテンシ)をゼロにすることはできません。
さらに、Steamに蓄積してきた膨大なライブラリのすべてがクラウド配信に対応しているわけではないというライセンス上の制約もあります。「仕事もできて、Steamのゲームもローカルでバリバリ動く万能機」を求めるユーザーにとって、Googlebookのゲーム戦略はあくまで「割り切りの上の代替案」にとどまり、Windowsゲーミング環境を完全に置き換える決定打にはなりにくいのが実情です。
6. 個人と企業それぞれの勝ち筋——誰にとっての「最適解」になり得るか
個人ユーザーの視点:Pixel・Androidエコシステムにおける「Mac + iPhone」の再定義
ここまで見てきたメリットと制約を踏まえた上で、Googlebookが誰にとっての「最高の一台」になり得るのかを考えてみます。個人ユーザーの視点において、最も強い引力を持つのは「日常のデジタルライフがすでにGoogleとAndroidで完結している層」です。
PixelをはじめとするAndroidスマートフォンを愛用し、ブラウザはChrome、写真やファイルはGoogleフォトやGoogleドライブに預け、コミュニケーションはGmailやLINE、Webベースの各種ツールで事足りている。そうしたユーザーにとって、WindowsというOSが抱える頻繁なアップデート再起動や、複雑なシステム設定、アンチウイルスソフトの管理といった煩わしさは、もはや不要なノイズでしかありません。
- Androidスマホで撮影した写真や作業中のテキストが、何の手間もなく瞬時に大画面へ同期される
- OSの中枢に組み込まれたGeminiが、日常の調べ物や要約を自然にアシストしてくれる
AppleがMacとiPhoneの連携によって実現した「囲い込みの心地よさ」を、Androidの世界でより自由度の高いハードウェア選択とともに享受できる。この一点において、GooglebookはMacBook Airに対する極めて魅力的なオルタナティブになり得ます。スマホで撮った写真が瞬時に画面に並び、Geminiがそれをよしなに加工・整理してくれる体験は、これまでのPCにはなかった身軽さを提供してくれます。
企業・情シスの視点:ゼロトラスト環境における端末管理とクラウド集約のメリット
一方、企業のIT管理者(情報システム部門)の視点に立つと、Googlebookの評価軸はまったく別の様相を見せます。キーワードは「ゼロトラスト」と「運用管理コストの極小化」です。
従来のWindows PCを全社展開する場合、Active DirectoryやIntuneによる複雑なグループポリシーの管理、エンドポイントセキュリティ(EDR)の導入、OSのメジャーアップデートに伴う検証作業など、情シスには膨大な工数とコストがのしかかっていました。
対して、GooglebookはGoogle Workspaceの管理コンソールからクラウド経由で一元管理が可能です。端末内に機密データを保持させないステートレスな運用を標準とし、Titan C2セキュリティチップや生体認証、パスキーで強固に保護されます。万が一端末を紛失・盗難された場合でも、リモートから即座にアカウントを遮断すれば実データの漏洩リスクはほぼゼロに抑えられます。
すでに社内業務の大半がSaaS(Salesforce、Slack、Notion、Google Workspace等)に移行しており、重厚なオンプレミス型ソフトを使っていない先進的なIT企業やスタートアップにとって、Googlebookは管理工数を劇的に引き下げる「最も手離れのよい業務端末」として強力な選択肢になり得ます。
「Windowsの代替品」ではなく「スマホ時代の新しいワークステーション」
結局のところ、Googlebookを「安価なWindowsの代わり」あるいは「MacBookのコピー」として評価しようとすると、その輪郭を見誤ることになります。このデバイスの本質は、既存のPCの置き換えを目指すことではなく、「スマートフォンを主軸に育ったデジタルネイティブ世代のための、新しいワークステーション」としての提案です。
生まれたときから手元にタッチパネルとアプリがあり、何かを調べるときはAIに問いかけ、データはすべてクラウドにあるのが当たり前。そうした世代にとって、デスクトップにアイコンを散らかし、ローカルのCドライブのフォルダ階層を掘り進める従来のPCの作法こそが不自然に映るはずです。
Googlebookは、そうしたスマートフォン的メンタルモデルをそのままPCのフォームファクターに落とし込んだ道具であり、Windowsの土俵で相撲を取るのではなく、相撲のルールそのものをスマホ基準に書き換えようとするGoogleの計算がここにあります。
7. まとめ:日本上陸を待ついま、Googlebookという実験が投げかけるもの
2026年9月21日の先行予約開始によって幕を開けたGooglebookの船出は、パーソナルコンピューティングの主役が「ローカルの分厚いOS」から「AIと連携するスマホ・クラウド」へと完全にシフトしつつある現実を、改めて私たちに突きつけています。
かつてネットブックが生まれ、Chromebookが登場したとき、多くの人々は「所詮はおもちゃ」「本物のPCの代わりにはならない」と評しました。しかし、ネットワークインフラの高速化とSaaSの一般化、そしてなにより生成AIという思考のインフラがクラウド側に整った2026年の今、端末側が担うべき役割は根本から変わりつつあります。
ローカルに巨大なOSを抱え込まずとも、OSの核に座ったAIが手足となってクラウドとスマートフォンを繋いでくれるなら、道具としてのPCの姿はこれほど身軽でよいはずだという提示には、強い説得力があります。
もちろん、日本市場への本格展開を前にして、解決すべき課題は山積しています。日本語入力環境のブラッシュアップや、JIS配列キーボードの作り込み、そして何より日本特有の「Excel方眼紙」やレガシーな業務慣行との折り合いをどうつけるのか。899ドル〜という価格に見合う価値を、日本のユーザーがどこまで見出すことができるかは未知数です。
それでも、PCという道具がこれ以上WindowsとMacの二者択一という閉塞感に留まらず、スマートフォンとAIを主軸に据えた「第三の選択肢」として本格的な進化を始めたことは、長年この界隈を観察してきたブロガーとして心から歓迎したい変化です。
日本での正式発表・発売のアナウンスを心待ちにしながら、この新しいプラットフォームがパーソナルコンピューティングの地図をどう塗り替えていくのか、引き続きその歩みをじっくりと追いかけていきたいと思います。