選挙のたびに議論になる「一票の格差」。 言葉としては知っていましたが、アダムズ方式などの是正策を調べていくうちに、これが単なる数字のパズルではなく、「民主主義の根幹に関わる、かなり痛みを伴う問題」 だということが腹落ちしてきました。
今回は、その是正の必要性と、私なりの感想をメモしておきます。
なぜ「格差」はいけないのか
そもそも、私が住んでいる大阪府のような都市部と、人口の少ない地方で、一票の価値(重み)が違うことの何が問題なのでしょうか。
単純に言えば、「都市部の有権者が軽視されている」 ということです。 極端な話、地方の1人が「右!」と言えば、都市部の2人が「左!」と言っても負けてしまう(1票の価値が2倍違う場合)。
これでは憲法が保障する「法の下の平等」に反しますし、なにより「どうせ投票しても変わらない」という政治不信を生んでしまいます。だからこそ、最高裁も何度も「違憲状態だ(直せ!)」と怒っているわけです。
救世主は「ドライな計算式」
これを直すには、感情論抜きで 「人口に合わせて議席を配分し直す」 しかありません。 そこで導入されたのが、前回調べた 「アダムズ方式」 です。
政治家の「俺の地盤を減らすな」という抵抗を排除し、国勢調査の人口データに従って、機械的に「東京は増やす、地方は減らす」と決めてしまう。 非常に合理的で、公平なシステムです。
それでも残るモヤモヤと、私の結論
ただ、この「完全な平等」には副作用もあります。 日本の人口は都市部に集中しているため、公平にすればするほど、「地方(過疎地)の国会議員がどんどん減っていく」 という現実です。
「農業や原発など、地方特有の課題があるのに、誰がそれを国会で訴えるんだ?」 「地方切り捨てじゃないか?」
そんな批判の声も理解できます。心情的には「地方にはハンデをあげてもいいのでは?」とも思います。
しかし、私の結論としては、「それでもやはり、一票の価値は平等にするしかない」 と感じました。
なぜなら、例外を作るとキリがないから
もし「地方は特別だから」と例外を認め始めると、時の権力者が「自分たちに有利なように線引きを変える(ゲリマンダー)」リスクが生まれます。 ルールそのものが歪んでしまえば、選挙結果への信頼は完全に崩壊します。
「地方の声が届きにくくなる」という痛みはあるけれど、民主主義のルール(1人1票の平等)を守るためには、ドライに割り切るしかない。
アダムズ方式による「10増10減」などは、その覚悟の現れなんだと思います。 痛みを受け入れてでも、システムを公平に保つ。それが今の日本に必要なことなのかもしれません。
